蒸機の標

当ブログは主に「蒸気機関車に関連した映像作品」及び「蒸気機関車に関連したネット上の動画」を紹介していくことを目的としたブログです!

浮き桟橋(ポンツーン)となった巡洋戦艦天城【補足】

久しぶりにブログ覗いたらアクセスたくさんでびっくりしたんですが
それじゃあ補足ということで天城が横須賀にいた頃のエピソードをひとつ。


天城が係留されていた場所の真横に小海岸壁(12号バース)というところがあります。
ここに燃料不足のため浮き砲台となった長門が係留され、終戦の時まで並んで過ごしていたのです。

その様子を米軍が写真で記録していますので、以下紹介しておきます。

空襲直前の偵察写真1戦略爆撃調査団資料より)
28-5 
















(中央の桟橋が天城で松型駆逐艦が横付けされている、そしてその上に長門) 


空襲直前の偵察写真2wikipediaより)
Yokosuka_naval_base_18_July_1945


















(別の機による撮影。左上に長門が写されている)




空襲を受ける長門1戦略爆撃調査団資料より)
28-4



















空襲を受ける長門2戦略爆撃調査団資料より)
28-6 













1945年7月18日の空襲
この時点では至近弾のみだがこの直後艦橋に直撃弾で中破状態となる(機関は無事)


この10日後、呉の大空襲により停泊していた戦艦が軒並み着底し
戦艦においては長門のみが唯一行動可能な状態で終戦の日を迎えることになりました。


そしてその翌年、生き残った長門はビキニ環礁においての原爆実験のため横須賀を離れます。

横須賀出港のため海上にて整備を受ける長門(国土地理院の地図・空中写真閲覧サービスより)
1



 
















1946年2月20日撮影、下方にはかつてのライバル、アイオワ型戦艦が鎮座している。


そしてこの一ヶ月後の3月18日、長門は二度と帰ることのない航海へ乗り出しました。 


残された天城は奉公先を米軍に変えた後、2003年に至るまであの場所に佇み続けました。

長門が日本における最後の時を過ごした横須賀の地で
同じ八八艦隊として威容を放つ存在になっていたであろう天城が
形を変えど並んで存在し、見送る形になったことにはなにか感慨深いものを感じます。 

浮き桟橋(ポンツーン)となった巡洋戦艦天城

88艦隊の中核を担う巡洋戦艦として作られていたものの
途中で軍縮のため一転して廃棄対象に!
空母に改装しようとしたら関東大震災にあって船台上で損壊!今度こそ解体か!
とおもいきや浮き桟橋[1]となり今も現役という運がいいんだか悪いんだかわからない
"元"巡洋戦艦天城。

横須賀で撤去されてから今どこにいるのか探してる人が結構いるようなのでまとめてみた。

http://d.hatena.ne.jp/Blueforce/20070401/より
20070402014535














10-11号バースとして使用中の浮き桟橋天城。言われなければ誰も気づかないがここに彼女は確かに生きていた。


http://www.rimpeace.or.jp/jrp/umi/yokosuka/070331sanbashi.htmlより
070331sanbashi1











070331sanbashi2












原子力空母配備による港湾拡張のため撤去される天城。2007年3月のこと。
この後、彼女は解体されたのか、どこに行ったのか・・・
そもそもこんな形で日本の戦艦が生き残っているということ自体誰も知らないのでしばらく謎であった。


その後、とある掲示板にある一つの書き込みが…

http://6018.teacup.com/watashiki/bbs/thread/list/thread_id/4/

ちょっと「天城」の船体を見てきました(笑)
投稿日:2008年 3月 2日(日)03時54分23秒
関東大震災で、解体された巡洋戦艦「天城」の船体の一部が、現存しています。防水構造の鋲接構造がもったいないと、大型のポンツーンにされて、横須賀基地で使われ、戦後は在日米軍が使用。過日、民間造船所に払い下げられました。
今、どこにあるかというと、艤装中の「ひゅうが」の浮き桟橋に用いられているんですね。で、鋲接の構造を見てきたんですが‥‥‥結論を言えば、700分の1でこれを表現するのは、(塗装での表現を除けば)完全にオーバースケールです。まぁ、700分の1だと、こだわるとオーバースケールになるのはしょうがないんですが、正確でなくてもメリハリを付ける為付け加えたい人が付け加えればいい話で、キットのメーカーには正確さを期待したい訳で、船体モールドに「鋲接構造の重ね張り」を付けるのは大きなお世話かと。



実は民間造船所(IHI)に払い下げられていたのでした。
そんな彼女の今の姿はグーグルマップで見ることが出来る。
amagi01














amagi02












あわや解体かという絶体絶命のピンチから紆余曲折を経て
気づけば90年も経ってしまっていた天城さん。
後輩達が生まれ、戦い、そして消えていった姿を見守りつつ
今日も港の片隅でひっそりと、しかし力強く日本のために働いています。

[1]福井静夫『終戦と帝国艦艇』P194 「未成巡洋戦艦天城の艦底の一部を浮桟橋に使用」

東武鉄道の蒸気機関車

車両の物もちがいいことで鉄道ファンに知られる東武鉄道だが蒸気機関車においても
これまた明治から大正初期に作られた
2B型テンダー式(ピーコックやネルソンと呼ばれた)を貨物用として後生大事に使っていた。
彼らがお役御免となったのは昭和40年の辺であり実に半世紀以上の長きにわたってよく働いたといえよう。


東武鉄道のSL39号1/3館林駅。

http://www.youtube.com/watch?v=tC5dbTrAdTM


東武鉄道のSL39号2/3ターンテーブル。

http://www.youtube.com/watch?v=Flur2gEFxBw


東武鉄道のSL39号3/3運行。

http://www.youtube.com/watch?v=V9URiZ6K1Lw


東武鉄道の蒸気機関車34号。

http://www.youtube.com/watch?v=656LOXXXSmc


東武鉄道の蒸気機関車

ギャラリー
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